『アジャストメント』はフィリップ・K・ディックの短編小説を映画化した作品で、日本では2011年5月に公開されました。
何事も自分で選択して生きてきたはずの主人公が、ある組織によって決められた運命へ操作されていることに気づきます。愛する人とともに生きる未来を得るため、組織の操作に対抗していく主人公の姿を描く『アジャストメント』についてご紹介いたします。
Contents
アジャストメントの作品情報
タイトル:アジャストメント
原題:The Adjustment Bureau
原作:フィリップ・K・ディック『調整班』
監督:ジョージ・ノルフィ
脚本:ジョージ・ノルフィ
製作:ジョージ・ノルフィ/ビル・カラッロ/マイケル・ハケット/クリス・ムーア
公開:2011年3月4日(アメリカ)2011年5月27日(日本)
出演者:マット・デイモン/エミリー・ブラント/アンソニー・マッキー/ジョン・スラッテリー など
今作が初監督作品のジョージ・ノルフィ監督は『タイムライン』(2003年)が初めて脚本に参加した作品でした。そして、初めて単独で脚本を手がけた『オーシャンズ12』(2004年)は、伏線が散りばめられた複雑なストーリーです。
時間が展開に大きな影響を与える『タイムライン』、鍵となる要素が絡み合う『オーシャンズ12』の経験から、今作は秒単位で運命が変わる緊迫の場面の数々が描かれています。
アジャストメントのキャストについて
今作の主演のマット・デイモンは『オーシャンズ12』で主要キャラクターを演じ、彼が主演の『ボーン』シリーズの3作目である『ボーン・アルティメイタイム』の脚本にはジョージ・ノルフィ監督が参加していました。
前述の2作品でマット・デイモンが演じたキャラクターはそれぞれ特殊な能力を持っていましたが、今作では普通の男が必死に大きな存在に立ち向かう姿を時に力強く、時に繊細に演じています。
アジャストメントのあらすじとネタバレ
フォーダム大学の元バスケットボール選手のデヴィッド・ノリスは、アメリカ合衆国議会の上院議員候補となっていた。対立候補をリードしているが、8年前にバーでの乱闘事件に関わって罰金刑を受けた過去がある。それでも8年間ブルックリン選出の下院議員を務め、若いながらも巧みな話術で人気があった。
だが、選挙戦中の同窓生との懇親会で下半身を露出した写真が新聞に載ってしまう。二ューヨーク州のスラム育ちで小さい頃に家族全員を失いながらも24歳の時、史上最年少で下院議員に選出された彼でも劣勢となる。そのデヴィッドを監視し、上司に電話で「“調整(アジャストメント)”は作業中です」と答える男がいた。
理性で言動を抑えられない欠点が明らかになって票が集まらず、デヴィッドが敗北宣言を考えようとする頃、その男は彼と同じく帽子を被った上司や仲間とあることを軌道に戻そうとする。デヴィッドがホテルの男性用の化粧室に誰もいないことを確認し、敗北宣言の内容を口に出して考えていると、トイレの個室から女性が出てきた。
気まずくてずっと出られずにいたものの、あきらめて出てきた女性は、自分で決めた度胸試しで結婚式に潜入して警備員から隠れていたという。高校の時の度胸試しの話をする彼が上院議員候補のデヴィッドだと気づいた女性は、気さくに自分の意見を言って彼を慰める。彼が自由がないと愚痴を言っても政治家が好きなことを女性は見抜いた。
意気投合した2人は思わずキスをしたが、選挙参謀のチャーリー・トレイナーがデヴィッドを捜しに来る。トイレを出ると女性は警備員に見つかって逃げて行った。その後の演説で、デヴィッドは自分が育ったレッドフックという街のルールを語って「必ず復活してみせる」と言うが、直後にそんなルールは街になかったと白状する。
デヴィッドはプロの調査で心に響く言葉を選んでキャッチ・フレーズにしたことを正直に話した。下院議員になってからスピード出世した自分は“本物”という言葉を頻繁に使われたが“本物”ではなく、ネクタイも靴も相談役と戦略的に選んだものだと明かす。
デヴィッドとエリースの再会
それから1か月後、デヴィッドはチャーリーが経営するベンチャー企業の役員となる。テレビの経済番組は敗北宣言のインパクトが強かったことで、彼が2010年の上院選で本命視されていると伝えた。帽子をかぶった男のハリー・ミッチェルは、上司のリチャードソンから「7時5分にコーヒーをこぼす」と指示される。
「彼に時間をかけすぎている」と注意されたハリーは、指示の実行場所の公園でうたた寝をして気づかぬうちにデヴィッドがバスに乗ってしまった。バスを追いかけても間に合わない。発車したバスの中で席に座ったデヴィッドの隣席にいたのは、トイレで会った女性だった。
敗北宣言を見たと言う女性に、内容が正直だったのは彼女との会話の影響だと暗に伝える。一方、ハリーは7時5分になったため、ある方法でデヴィッドが手にするコーヒーをこぼさせた。コーヒーは女性のスカートにこぼれ、デヴィッドは彼女に電話番号をメモしてもらう。女性はエリースという名前だった。
その頃、タクシーがぶつかっても怪我をしないハリーは、手に持つ本の図面のようなページに描かれた線の動きが変わったのを見て「まずい」と言う。デヴィッドはバスの車内からチャーリーにエリースと再会したことを電話で伝えた。会社に到着して会議室に入ったデヴィッドは思いがけないものを見る。
静止状態のチャーリーたちが黒ずくめの男たちに機械で光を当てられているのだ。リチャードソンという帽子をかぶった男が「確保しろ」と言うのを聞いてデヴィッドは社内を逃げ回る。だが、常に先回りをされてチャーリーの部屋に逃げ込むが、鍵をかけても侵入されて捕まると薬で眠らされてしまった。
運命を遂行する“調整員”
デヴィッドが目覚めると彼は大きな倉庫のようなところにいて、周りには複数の男たちがいた。会社の会議室で「この件で“再調整”が許可された」という言葉を聞いたデヴィッドは、そこで「“リセット”する」という言葉を聞く。だが、新たに現れた男は「リセットできない。彼をだませ」と言った。
だが、リチャードソンは本のあるページを見て「彼は生涯、疑問を抱き、その答えを探し続ける。我々は彼が口外しないよう永久に監視する」と言う。彼らはデヴィッドにすべての真実を話すことにした。「何者だ?」と問うデヴィッドにリチャードソンは「運命を遂行する“調整員”だ」と答える。
逃げようとしたデヴィッドだが、なぜか床の一部が浮き上がって転び、また捕まった。デヴィッドの心が読めるというリチャードソンは、今朝、デヴィッドの調整に失敗したと言う。公園でコーヒーをこぼしてバスに乗り遅れ、リチャードソンたちが消えたあとに会社に着くはずだった。
何事も偶然だけではなく『運命調整局』の調整員が調整して運命どおりにしている。軌道からずれると管理部が再調整を許可し、干渉班を投入して人の意識を改変していた。デヴィッドは彼らの存在を暴露したら脳を“削除”してリセットされる。そうなると感情や記憶、人格も削除されて知能を失い、病人扱いされるのだ。
リチャードソンは「エリースという女に二度と会うな」と言って、財布に入れた電話番号のメモを燃やした。倉庫の扉から放り出されるとチャーリーの部屋で、彼は異変を感じていなかった。だが、反対していたデヴィッドの意見に前向きになるなど考えが変わったチャーリーに、デヴィッドは電話番号のメモをなくしたと嘘をつく。
思いがけないハリーの協力
電話番号を思い出そうとするデヴィッドのところにハリーが現れる。彼は番号を思い出しても「携帯を紛失させる。最小の”波紋”で」と言って、自分の名前を教えた。フェリーの船上でデヴィッドに会うと、再調整の許可を出すのは他の呼び名もある“議長”だと言うハリーは、調整員は心や考えが読めないことを明かした。
ただし、決定とは選択でそれを見抜き、運命に忠実かどうか察知して支障なく実行させるいう。彼らが持っていた本は『運命の書』で、天使とも呼ばれる存在の彼らは「人間より長生きな運命の管理人」だった。デヴィッドを助ける理由は「秘密だ」と言うハリーは、『運命調整局』が2人を引き離すのは「重要なことなんだろう」と言う。
ハリーにエリースを捜しても『運命調整局』が絶対に見つけさせないし、900万人がいるニューヨークでは無理だから彼女を忘れて自分の人生を歩くように言われ、3年が経った。通勤途中にデヴィッドは道を歩くエリースを偶然見つけると、バスを降りて追いかける。エリースに会いたくてずっと同じ時刻のバスで通勤していたのだ。
電話してこなかったことをエリースは怒っていたが、デヴィッドは財布をなくして番号がわからなかったからだと言う。『運命調整局』では2人が会ったことがリチャードソンに報告された。リチャードソンは廊下ですれ違いざまにハリーに「3年前の後始末だ」と言って出かける。
『運命の書』にはなかった偶然
エリースは近代バレエのダンサーでシーダーレイク舞踊団のメンバーだった。リチャードソンたちは舞踊団の美術監督とチャーリーに妨害させることにする。リチャードソンと同行した調整員はエリースが運命を逸脱しているというが、デヴィッドが36時間接触を断てば彼女は腹を立てて二度と会わないとリチャードソンは言った。
だが、『運命の書』に複数の“2人の接触点”が生まれ、ある“接触点”で2人が本物のキスをしたら調整不能の波紋が広がると示す。デヴィッドとエリースが食事をしているとチャーリーが現れ、彼女から目を離したくないデヴィッドは出馬宣言の演説会に誘った。だが、エリースにはリハーサルがあるため、あとで会うことにする。
ブルックリン橋で上院選への再出馬を宣言したデヴィッドは調整員らしき人影を見た。チャーリーに「夢の実現に近づくたび君は暴走する」と非難されながらもテレビ用の会見をせず、エリースの稽古場がある近くの17番桟橋へ向かうが無人だった。シーダーレイクに変更されたのを知らないデヴィッドは、稽古場を探し出そうとした。
しかし、なぜか携帯電話も固定電話も使えない。現れたリチャードソンはエリースに運命を感じると言うデヴィッドに、3回も会ったのは偶然で『運命の書』では2人は別れると言った。大事なのは『書』の記述だと言うリチャードソンに、2人を引き離す理由を聞くが答えない。デヴィッドはある店でシーダーレイク舞踊団の情報を聞き出した。
急いで稽古場へ向かおうとするが、なぜかタクシーがつかまらない。あきらめずに止めようとしたタクシーは事故に遭った。警察官に扮して足止めを図る調整員をかわし、デヴィッドはタクシーに道路交通法を無視させて稽古場へ向かう。リチャードソンが妨害をしようとするも間に合わず、デヴィッドは踊るエリースの姿を見る。
“ハンマー”ことトンプソンの介入
リチャードソンは手を出せなくなり、『調整局』の上層部の出番となった。リチャードソンはドナルドソンから2人が結ばれるべくして結ばれたと告げられる。80年代も90年代も結ばれる運命だったが、2005年に変更があってエリースの相手が変わったのだ。古い運命の残骸である、互いを求める強い引力が2人を行動に駆り立てている。
リチャードソンはハリーに「記念となる仕事がしたい、名声を博したいと望んだが、地雷だった」と2人の運命を打ち明けた。変更があった理由をハリーは問うが、リチャードソンは関知することではないと答える。ドナルドソンは危険な賭けは避けるべきと、混乱を難なく収める力を持った上層部のトンプソンに託した。
その頃、デヴィッドはエリースに6年生の頃に母親と兄を相次いで亡くし、その直後に父親と上院議事堂に行ったのが政治家を目指すきっかけだと打ち明ける。傍聴席で議会を見る父親の顔が忘れられないのだ。2人は結ばれたが、前線の時の通称は“ハンマー”というトンプソンが2人の関係を壊しにかかる。
エリースには3か月前に別れた婚約者のエイドリアンから電話がかかってきた。彼は振付師でダンサーでもあり、エリースの友人でいい人だが、結婚に踏み切れなかったのはデヴィッドの存在だという。デヴィッドに頼まれて一緒にTV局に行ったエリースは、急な会合で公演にはあとから行くという彼の伝言を聞いて出発した。
デヴィッドは再び大きな倉庫のような場所に閉じ込められる。現れたトンプソンは『運命調整局』が自由意思を尊重すると人類が暗黒の時代を作るため、何度も介入した歴史を語った。人類に自由意思があるのは見せかけで、重大事を決めるほど成熟していないと言う。
3年前にエリースに会わせたのは『運命調整局』で、デヴィッドの演説に影響を与えて次期の上院選の有力候補にしたかったからだ。彼は大統領になって世界を変えられる存在で、父親の夢をかなえることができ、麻薬で死んだ兄との約束を果たせる。だが、エリースがデヴィッドに与える影響は長時間になると悪影響を及ぼすのだ。
「運命は自分で切り拓く」と言うデヴィッドに、トンプソンは「運命は決まっている」と言う。「何があっても彼女を選ぶ」という言葉を聞いたトンプソンはデヴィッドを解放した。トンプソンは公演会場で、エリースは有名なダンサーになって世界的な振付師になるはずが、彼と一緒だと幼児教室のダンス教師で終わると言う。
その直後、エリースは舞台で転倒して右足を捻挫した。病院に彼女を連れて行くとまたトンプソンが現れ、デヴィッドのせいだと責める。思わずトンプソンを殴ると、過去の事件も含めて衝動的な性格を指摘された。彼女の将来を考えたデヴィッドは「電話してくる」と嘘をつき、エリースに「幸せだった」と言って去る。
”議長”が書き直した2人の運命
『運命調整局』ではリチャードソンがハリーに「トンプソンが終わらせた。同情するな」と話した。デヴィッドの家族の死も彼らの仕事で、ハリーは「仕事に疑問を感じたことは? 正しいと断言できますか?」と問う。「私も悩んだ」と言うリチャードソンは「議長には壮大な計画がある」とハリーに答えた。
それから11か月後、上院選の遊説中のデヴィッドにチャーリーが新聞記事を見せる。『ダンスの革命』という見出しのエリースの記事で、エイドリアンと結婚することも載っていた。対立候補よりも有利と報じられたデヴィッドはチャーリーに「無茶しない」と言うが、店で伝言のメモを受け取ってハリーと会う。
ハリーは「彼女といると不幸になるというのは嘘だ」と明かした。心の空白を埋めるため人々の前に立つデヴィッドが理想の女性といると空白が埋まり、野望を捨ててしまうから引き離すのだという。デヴィッドはエリースを忘れられないと白状した。ハリーに前例のない協力を頼み、移動距離を縮めるドアを使う方法を使うことにする。
『運命の書』には水の影響があるため、2人は雨が降っていれば動きが察知されないことを利用して準備した。協力することに罪の意識はないのかと問うデヴィッドに、ハリーは「感情で動くことはないが、感情は持っている」と答える。ハリーの帽子を借りてデヴィッドはエリースが結婚をする庁舎の300号法廷に向かう。
デヴィッドが回路に入ったのを知ったトンプソンは監視者を手配した。庁舎のトイレでデヴィッドが見つけたエリースは病院で置き去りにされ、心を踏みにじられて怒っていた。デヴィッドは調整員を倒して『運命の書』を彼女に見せたため、干渉班による完全なリセットが命令される。
話が理解できずにいるエリースを連れてデヴィッドはドアを移動して行った。『運命の書』の著者の議長を捜すことに躊躇するエリースを、一緒にいたいという夢を叶えるため説得する。2人が『運命調整局』のビルに入って逃げていると、ハリーに議長へのリセットの許可書が渡された。そして、2人はついにビルの屋上へ追いつめられる。
2人は互いに「愛してる」と言ってキスをしながら抱き合った。気がつくと周囲の追手は消え、現れたトンプソンは2人が運命を書き換えられるかもしれないと思ったことを「そんなことは誰にもできない」と否定する。だが、やってきたハリーがある変更を伝えるとトンプソンは了解した。
2人がすべてを賭けてドアをくぐったことにハリーも議長も感動させられたという。2人の強い絆は運命から逸脱したとみなされ、議長は2人の運命を書き直した。ハリーに「君らは自由だ」と言われ、障害を克服して自由意思を貫いた2人は歩き出す。議長が真に望むのは人類が自ら運命を書く日が来ることなのだ。
アジャストメントの感想とまとめ
運命の岐路に立った時に自分で選択してきたつもりだったのが、誰かに勝手に操作されて決められてきたと知って、リセットされる恐怖を感じながらも立ち向かったデヴィッドとエリースに、議長は根負けした感じでしたね。2人はもともと結ばれる運命だっただけに、その思いの強さが動かせるはずのないものを動かしたということでしょう。
調整員が『天使』だとしたら、議長はさしずめ『神』なのでしょうか。ハリーがデヴィッドに「誰でも議長に会っているはずだ。その都度、姿を変えるから誰も議長だと気づかないが」と言うシーンがありますが、もしかしたら調整員とは違うやり方で、人が何かを選択する時に運命へ導く存在としてさまざまな姿で現れているのかもしれません。
デヴィッドは感情をコントロールしきれないという欠点がありますが、その欠点があるからこそ余計にエリースをあきらめられなかったのだと思います。恋愛に冷静沈着で、自分の野望を優先していたらエリースを忘れることができたのでしょうが、感情豊かで自分の思いを実行できる決断力があったから運命を思う方向へ変えられました。
調整員たちが帽子を被ることで鍵のかかっているドアも通り抜け、移動距離を短くできる設定はおもしろかったです。どんな形の帽子でも移動は可能ですが、よく出てくる調整員が被っている帽子がお洒落です。ハリーやリチャードソン、トンプソンのスーツ姿やコート姿も素敵で、エリースのドレスなども含めてファッションも見所です。
日本人だと普通のサラリーマンに見えそうなスーツ姿も、彼らのような俳優だとサラリーマンには見えにくいし、スーツ姿で帽子を被っているととてもお洒落な紳士に見えました。調整員の仕事の内容はひどいだけに、かっこよく見えてしまうのはちょっとずるい感じがします。
今作では自分の夢とエリースへの愛の間で苦悩するデヴィッドを演じたマット・デイモン、エリース役のためバレエダンサーの体を作って踊りを披露したエミリー・ブラントもよかったですが、個人的にはハリー役のアンソニー・マッキーのさりげない演技に惹かれました。無言で考え事をするシーンの微妙な表情の変化がよかったです。
現実では運命は誰かに操作されることはそうないはずですが、心のままに選択するにしても、熟考して選択するにしても、その選択を振り返って後悔はしたくないものだと改めて思いました。それでも後悔はあり得ますが、少なくとも『運命の書』どおりではなく自分で選んだと確信する道を生きたいものです。
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