「彼が愛したケーキ」は2017年のチェコのカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でプレミアがあり、大きな脚光を浴びた。2018年に公開された外国語映画の中で批評家から絶賛された作品の1つで、米国批評サイトRotten Tomatoesにおいて、98パーセントとほぼ満点の評価。
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭、エキュメニカル審査員賞、及び制作国イスラエルのアカデミー賞と言われるオフィール賞の7部門を受賞している。
今回は彼が愛したケーキについてのネタバレと感想をご紹介します。
Contents
僕が愛したケーキの予告動画
『彼が愛したケーキ職人』の作品情報
タイトル:彼が愛したケーキ職人
原題:The Cakemaker
監督:オフィル・ラウル・グレイツァ
脚本:オフィル・ラウル・グレイツァ
製作:イタイ・タミール、マティアス・シュウェルブロック
公開日:2017年7月4日(チェコ共和国)、2018年6月6日(フランス)、2018年12月1日(日本)
出演者:ティム・カルクホフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハール・シュトラウス、サンドラ・サト
『彼が愛したケーキ職人』の概要
監督と脚本を務めたオフィル・ラウル・グレイツァにとって初監督作品。5年の歳月を掛けて脚本を書き、長く資金集めに苦労しながらも8年後の2015年にやっと制作にこぎ着けた。本作の主人公、トーマスは、グレイツァの実の友人がモデルである。舞台となったドイツでの配給先を見つけるのに1年費やした一方で、フランスや中国はいち早く劇場公開を決定。
キャスト
トーマス役のティム・カルクホフにとって、本作が初主演作品。グレイツァが100人以上オーディションした中から抜擢。また、アナト役は最初からサラ・アドラーを想定していたグレイツァは、低予算のため殆ど出演料を払えなかったもののアドラーは作品のストーリーに共感して出演を決めた。
『彼が愛したケーキ職人』のあらすじネタバレ
ベルリンに在るトーマスが経営するカフェ・クレデンツェに常連のオーレンが訪れ、今日のオススメケーキと妻の土産にシナモンロールを注文する。
トーマスはドイツ伝統のブラック・フォーレストケーキを切り分け、店の名が印字された土産箱にペイストリーを入れて持って行く。
オーレンは、イスラエルに住む息子が6才の誕生日を迎えるのでドイツで買うプレゼントは何が良いかとアドバイスを求める。トーマスが手作りのおもちゃ屋を勧めるとオーレンは一緒に行ってほしいと頼む。
やがて2人の関係は恋人に発展し1ヶ月に1度時間を過ごすようになる。ある日、オーレンはトーマスにしばらくイスラエルへ行くと告げた。トーマスは、オーレンが最後に彼の妻アナトと性行為を持った時の事を細かく尋ね、オーレンが話し出すとじっと聞く。
オーレンは、1ヵ月後に戻ると言いアパートを後にする。オーレンが自分の鍵と妻への土産であるシナモンロールを忘れたので、トーマスは携帯に連絡を入れるが既に出国しており繋がらない。トーマスは留守電にその旨のメッセージを残す。
その後、トーマスは何度も電話するが連絡が取れないまま1ヶ月が過ぎ、音信不通の状態が続いた。トーマスはベルリンに在るオーレンが務めていた会社を訪ねるが、オーレンは交通事故に遭い死亡していた事を知る。
最愛の人が生まれた国へ
アナトは、ユダヤ教の戒律に則ったコーシャー食を提供する店の証明書を義兄モティのコネで取得し、生活のためにカフェを切りもしていた。そこへ、トーマスが現れて食事を注文した後、店員を募集しているかと尋ねる。
その時は間に合っていると答えたアナトだったが、幼い息子タイに手がかかるため、再びカフェに訪れたトーマスを雇う事にする。皿洗いや雑用の仕事だったが嫌な顔一つせずこなしテキパキと働くトーマスに対しアナトは好感を持つ。
しかし、オーレンの兄モティはアナトがユダヤ人ではなくドイツ人を雇った事を快く思っていない。
ある日、アナトはタイの誕生日を準備するためにトーマスに残業を頼む。トーマスは、言われた事を手際よく済ませた後にクッキーを焼き、食用色素を使いデコレーションをする。
アナトがモティを伴って戻る。モティはユダヤ人ではないトーマスがオーブンを使って料理する事は禁止されていると言い、焼いたクッキーは使えないと話す。モティが出て行き、トーマスはクッキーを仕方なく捨てようとする。
トーマスがアナトに謝ると、行為には感謝するし謝罪の必要は無いが頼んだ以外の事はやらないで欲しいと言う。その晩、アナトからクッキーがとても美味しかったのでカフェで売ろうと思うと電話があり、トーマスは嬉しそうに微笑む。
息子のタイが学校を逃げ出しアナトが探しに出かけたため、トーマスは店番をする。カプチーノを注文したお客に、トーマスは手作りのクッキーを一枚ソーサーに添えて出した。
閉店後に掃き掃除をしているとガラス越しにタイが店の外に居るのを見たトーマスは、外に出てホットココアのカップを渡す。そして、キッチンで焼き上げたクッキーにデコレーションしているトーマスの所へタイが来て興味を持ち手伝う。
青色のクリームが入った絞り袋をタイに持たせてやり、トーマスがデコレーションの仕方を導きながら教え、2人は静かに作業を楽しむ。店に戻ったアナトはガラス越しに2人の穏やかな光景を見て安心する。
モティは自分のコネを使い、快適で眺めの良いアパートをトーマスのために見つけてやり連れて行く。夕方、金曜日の安息日を案内するサイレンが街に響くのを聞きながら、トーマスはオーレンを想う。夜、街の家庭では家族が集い食事を楽しむ中、トーマスは1人残り物で夕飯を食べる。
家族の温もりを知るトーマス
店にコーシャーを守っているかどうかを見る検査官が訪れる。トーマスはオーブンを使っていないと嘘をつく。アナトは、そんなトーマスを次の安息日の夕食に自宅へ招待する。トーマスは何か持参するがカフェのオーブンは使わないと言う。
アナトは気にしないで良いと返し、好きな物を持って来るようにと笑顔で返す。
雨が降る安息日、トーマスは市場で材料を仕入れ、ブラック・フォーレストケーキを焼いてワインと一緒に持参する。ずぶ濡れのトーマスにアナトはオーレンの服を着替えに渡す。テーブルに着いたトーマスの頭に、タイが自分も被っているユダヤ教の帽子をそっと置く。
トーマスは、アナトとタイが食前の祈りをささげる間、壁に貼られたオーレンの写真に視線を向ける。タイがトーマスの両親が何処に住んでいるのかと尋ねると、母親は居らず父は自分が小さい頃に家を出てしまい祖母に育てられたとトーマスは話す。
食後、トーマスが切り分けたブラック・フォーレストケーキにアナトは感動し、嬉しそうに頬張る。しかし、タイはモティにトーマスが作った物は食べない様に言われたため、クリームだけ口にした。トーマスが帰った後、更にケーキに手が伸びるアナト。
トーマスのスウィーツ
カフェはトーマスのスウィーツで繁盛し始め、アナトはブラック・フォーレストケーキも提供する様になる。モティが訪れ電話に出ないアナトを責めると、タイにトーマスの作った物を食べるなと言った事で口論に発展。
モティは、コーシャーでない食を出している事が噂で広がり証明書を取り上げられると警告する。アナトは安息日の注文は60もあり、皆トーマスのスウィーツ目当てでカフェに来ること、そして自分は焼き菓子等作れないし、信仰深くも無いと言い返す。
アナトはオーレンの遺品の中から見知らぬ手書きのメモと一緒に何枚もクレデンツェのレシートを見つける。ふと以前オーレンが自分にその名が印字された箱に入ったシナモンロールを土産に持ってきた事を思い出し、ネット検索するとベルリンのカフェに行き着く。
アナトは、店に出勤した後も更にクレデンツァのホームページに掲載された店内写真を見続ける。トーマスは材料の買い出しに行くと言い、アナトも市場へ同行。トーマスは書きだしたメモを見ながらアナトと一緒に買い物をする。
店のキッチンでアナトにスウィーツの作り方を一から教えていたトーマスは、知らぬそぶりでご主人は亡くなられたんでしょう?と尋ねる。
アナトは、交通事故でオーレンが亡くなったと言い、生前ベルリンへ頻繁に仕事で訪れ、よくお土産に持ち帰ったスウィーツがトーマスの作る味に似ていたと話す。
閉店後にオーレンの母、ハンナが重い荷物を持って訪れたため、アナトは車で家まで送ると申し出、ついでにトーマスも自宅まで乗せると言う。ハンナは、ベルリンでオーレンを知っていたかと尋ねるが、トーマスは知らないと答える。
ハンナの自宅へ着き、荷物を運ぶのを手伝ったトーマスに、ハンナは安息日で残った手作りの食べ物をお礼に持たせる。
アナトはオーレンが使っていた携帯を起動させると残されていた留守電を聞こうとするが、直前で止める。そして、夫が残した服を見つめる。
休みの日にトーマスのアパートを訪れたアナトはオーレンの服を持参し、気に入った物があれば貰ってほしいと言う。トーマスは、自分が焼いたパンを新商品としてアナトに渡す。
トーマスの焼いたチョコレート・ロールパン、フルーツ・タルト、クッキー等たくさんのスウィーツが並び、店は大盛況。
安息日にモティがトーマスのアパートを訪れ、ハンナが手作りした料理のお裾分けを持参する。次の安息日に自宅で夕食を一緒にしようとトーマスを誘い、誰も安息日に一人で過ごすものじゃないとモティは微笑む。トーマスはハンナの料理を美味しそうに頬張る。
最愛の人が愛した妻
次の安息日に大きな注文が入ったアナトとトーマスは遅くまでスウィーツ作りの準備をしている。生地をうまく伸ばせないアナトに手ほどきを見せるトーマス。するとアナトはトーマスの髪を撫で肩に寄りかかる。
最初は戸惑い躊躇するが、トーマスは諦めないアナトの誘惑を受け入れた。それから、2人は度々関係を持つようになり、トーマスは以前オーレンが描写したアナトとの行為を思い浮かべる。
トーマスは、オーレンと一緒にベルリンで安息日を迎えて一緒に食事をしたり、アナトとタイの写真をベッドで眺めたりした日々を思い出す。ある日、オーレンはトーマスに子供が欲しいかと尋ねる。
トーマスはオーレンの様にはなれないと答えるが、1人にならないために家族は必要だとオーレンは言う。トーマスは自分が一人ぼっちではないと返し、仕事と住む所を持ち、1ヶ月に1度会えるオーレンが居ると話す。
人は1人で生まれ1人で死んでいくものであり、与えられたものを大切にする事を2年前に他界した祖母がトーマスを育てながら教えてくれたと語る。
幾つもの季節をトーマスとオーレンは一緒に過ごす。オーレンがイスラエルに帰省する度に、トーマスは自分のもとへ戻るのを心待ちにする。
安息日が近づき、トーマスはハンナ宅でピーマンの詰め物作りを手伝う。ハンナは、オーレンの部屋が見たいか?とトーマスに尋ね、廊下の奥の部屋で扉は開いているわと言う。トーマスはオーレンの部屋を見に行きじっと立ち尽くす。
アナトはトーマスにオーレンが取っていたレシートを見せ、何が書いてあるのか尋ねる。そこにはクレデンツェのレシートがたくさん混ざっていた。店を知っているかと訊かれたトーマスは知らないと答える。
秘密が暴かれる時
アナトは、オーレンが好きな人ができ、自分とタイを置いてベルリンへ移りたがっていたと話す。トーマスの表情が硬くなる。アナトはオーレンを家から追い出し、オーレンがホテルへ行く途中車に跳ねられたと続けた。トーマスは話を聞きながら動揺する。
コーシャーの証明書が取り上げられたアナトの店には、大型注文をした客からキャンセルが入り、スウィーツがうず高くレジに積み上がっている。困り果てたアナトはモティに電話した後、ふとトーマスが残した買い物のメモに目が行く。
家に戻ったアナトは、オーレンの遺品にあったメモを探す。「小麦粉、シナモン、バター」。トーマスがアナトに渡した買い物リストと同じ筆跡。
急いでオーレンの携帯を起動させたアナトは留守電を聞く。鍵を忘れた事を伝えるトーマス。連絡が取れなくて心配するトーマスの声。そして、愛しているよと続く13件のメッセージ。
トーマスのアパートにモディが訪れる。航空券とお金をテーブルに置いたモティは、4時間後に離陸するので荷物をまとめる猶予は1時間だ、2度とこの国には戻って来るな、分かったなと言う。
トーマスがそれは出来ないと答えた途端、モティはトーマスの頬を思いっきり平手打ちする。怯んだトーマスに尚も分かったな、と迫るモティ。トーマスはアナトと話しをしたいと絞り出すように言う。
モティは間髪入れずアナトはお前とは話したくなんか無い、誰もお前を望んでいないと怒鳴り更にトーマスの頬を平手打ちする。1時間だと言い、モティはアパートを出て行く。トーマスの目から涙が溢れ嗚咽が漏れる。街には安息日を案内するサイレンが響く。
エルサレムからベルリンへ
それから3ヶ月後、アナトのカフェは相変わらずお客で賑わっている。トーマスのレシピを学んだアナトは自分で手作りしたスウィーツを売り、コーシャーの証明書が無い事を隠さずに営業していた。
カフェ・クレデンツェのホームページを覗くアナトは、掲載された画像の中の一枚を凝視する。それは、壁にかかった鏡に写りこんだトーマスの姿だった。
アナトはベルリンを訪れる。クレデンツェを外から息を飲むようにして見つめていると、トーマスが店から出てくる。自転車にまたがりトーマスが去っていく姿を追いかけ、アナトは目に涙を浮かべ再びクレデンツェへ視線をもどす。
『彼を愛したケーキ職人』を観た感想
台詞が少ない映画でありながら、これだけ感情豊かな物語は稀で、今回監督デビューを果たしたオフィル・ラウル・グレイツァの手腕に感服。
家庭と恋人との二重生活を送る人を個人的に複数人知っていると語るグレイツァは、友人が亡くなった後夫に恋人がいた事を知った彼の妻から連絡が入り話を聞いたことがストーリーを思いついたきっかけだと明かす。
相手が同性である事や国籍、そして宗教は状況を定義するものであっても、物事が個人レベルになった時には不必要な事柄になるとグレイツァが言う通り、出会いと別れは誰にでも平等に訪れるため、題材としては普遍のテーマだ。
自分に誇りを持って行きる事を祖母からきちんと教わり成長したトーマスだが、アナトを始めとしたオーレンの家族と交流を深めるうちに、本当は孤独だった自分に気づき離れたくないと望む事は誰もが理解できる。
しかし、自分と息子を捨てて新しい人生を始めようとしていた夫の相手がトーマスだと知ったアナトが持つ拒絶感も共感できる感情だ。
それが例え女性であっても、ドイツ人以外の人であっても同じことで、正にこの事をグレイツァは観客に伝えたかったのだろう。
トーマスが息子の恋人だと言う事を母だからこそ直感したハンナがオーレンの部屋を見せる場面は感動的だ。ハンナを演じたサンドラ・サトのさり気ない表現が味わい深い。
また、本作に欠かせなかったのが音楽で、担当したのは若手のフランス人作曲家、ドミニク・シャルパンティエ。
グレイツァは当初曲の使用許可を貰おうと連絡したところ、シャルパンティエはオリジナルを作曲すると申し出たので、グレイツァは直ぐ作品を送った。彼のシャルパンティエのピアノソロはストーリーがあり、聴く人の心を揺さぶる。
過去に日本で大反響を得たジョージ・ウィンストンの『ロンギング・ラブ』を想起させる。シャルパンティエは、10月26日3枚目のアルバム『Carnet de Voyage』をリリース。
トーマス役のカルクホフは、グレイツァから8キロ体重を増やす事と焼き菓子を学ぶ事を指示され半年かけて取り組んだ。菓子職人の父親に弟子入りして朝5時半から特訓を受けたと言うだけあり、劇中のスウィーツ作りは正に職人技。
本作で特に存在感が際立つのは、モティ役のゾハール・シュトラウス。信仰深く保守的なモティの頑固さと猜疑心、そして人を受け入れる心の広さを巧みに表現している。ベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞した『レバノン』で、シュトラウスはジャミル役で出演している。
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でプレミアがあった後、10分間スタンディングオベーションを受けた本作は、イギリス映画『輝ける人生』に続き2018年オススメする作品の1つ。
コメントを残す