映画「ボヘミアンラプソディ」のあらすじ・ネタバレと感想!動画の無料視聴方法も紹介

伝説のバンドQUEENの伝記映画が紆余曲折を経てついに完成。キャストの熱演、細部にこだわった美術と演出、圧倒的再現度のラスト21分のライブエイドのパフォーマンスの完全再現ぶり。

どこを取っても見所しかない奇跡的な傑作です。QUEENファンのあなたもQUEENを全く知らないあなたも魂を鷲掴みにされること間違い無し!

これを見たらQUEENの楽曲がまた聴きたくなります。

ボヘミアン・ラプソディ」の作品情報

タイトル:ボヘミアン・ラプソディ
原題: Bohemian Rhapsody
監督:ブライアン・シンガー/デクスター・フレッチャー
脚本:アンソニー・マクカーテン
制作:グレアム・キング/ジム・ビーチ/ロバート・デ・ニーロ/ピーター・オーベルト/ブライアン・メイ/ロジャー・テイラー

公開:2018年11月2日(アメリカ)、2018年11月9日(日本)
出演:ラミ・マレック/ルーシー・ボーイントン/グウィリム・リー/ベン・ハーディ/ジョセフ・マッゼロ/エイダン・ギレン/アレン・リーチ/トム・ホランダー/マイク・マイヤーズ/アーロン・マカスカー

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ボヘミアンラプソディ』のキャスト

フレディを演じるのは同じインド系で「ナイトミュージアム」シリーズや「Mrロボット」の主演で知られるラミ・マレック。ヒロインメアリー役に「シングストリート 未来への歌」のルーシー・ボーイントン。ギターのブライアン・メイ役は「ツーリスト」のグウィリム・リー、ドラム担当ロジャー・テイラーは「オンリー・ザ・ブレイブ」のベン・ハーディ、ベースのジョン・ディーコンは「ソーシャルネットワーク」のジョセフ・マッゼロ。

また、QUEENを認めないプロデューサーのレイ・フォスター役を本当はQUEENの大ファンで出世作「ウェインズワールド」でボヘミアンラプソディを熱唱していたベテランコメディ俳優マイク・マイヤーズが演じています。

ボヘミアンラプソディ』のあらすじとネタバレ

QUEEN結成とメアリーとの出会い

1985年20世紀最大のチャリティライブイベント「ライブエイド」当日、フレディ・マーキュリーは目を覚まし、会場に向かう。

出番が来ると彼はトレードマークのタンクトップ姿になり観客の前へ出て行った。

時代は遡り1970年、ヒースロー空港で働くインド系イギリス人のファルーク・バルサラ青年は帰宅すると食事もとらずそのままライブハウスに行く。

父親に夜遊びを咎められるが彼は気にしない。彼はその頃自分のことを”フレディ”と呼ぶようになっていた。

そのころスマイルというバンドのギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラーはボーカルにやめられてしまい途方に暮れている。

スマイルのパフォーマンスを見ていたフレディは2人に自分が書いた曲を渡し、自分が新しいボーカルになることを提案した。

フレディはその場で美声を披露し、2人から認められる。フレディはそのライブハウスで服屋で働くメアリー・オースティンという女性と出会う。

フレディは彼女にアプローチしどんどん親密になっていく。

バンドには新しくベースのジョン・ディーコンも加わり、彼らはレベルの高いパフォーマンスで人気になっていった。

一年後、フレディの発案でバンド名は「Queen」に変わり彼らはアルバムを作ることに決める。

ファーストアルバム『戦慄の王女』はドラムやピアノの上にコインをばら撒いてそれが跳ねる音を収録したり、音を左右に振る今までにない手法が使われた。

QUEEN大ブレイク

後日フレディはメアリーとバンドメンバーを実家に呼び、メンバーたちはそこで初めてフレディがインド系だということを知る。

フレディは「ハッピーバースデートゥーミー、ハッピーバースデーMr.マーキュリー!」と歌う。

彼は正式に名前をフレディ・マーキュリーに変えていた。

その時、エルトン・ジョンをプロデュースした実績もある名プロデューサー、ジョン・リードがQueenのアルバムのデモを聞いて電話をしてくる。

初顔合わせでリードはメンバーたちにメディアへの露出を約束。そこにはバンドのマネージャーを務めるポール・フレンターも同席していた

QUEENはBBCの音楽番組に出演し、口パクでパフォーマンスさせられるもそこで披露した「キラークイーン」が大人気となる。

1975年、フレディはメアリーに求婚し2人は夫婦となった。

その直後QUEENの全米ツアーが決まる。

ツアーは大成功。フレディは国際電話でメアリーに喜びを伝える。しかし何故か彼は電話をしながらトイレに入っていく男性が気になってしまう。

帰国後、QUEENはEMIのプロデューサーであるレイ・フォスターのもとで新しいアルバムを作ることになる。

フレディたちは今までにないアルバムを作ることを志していた。

このタイミングで長きにわたりQUEENの弁護士を務めることになるジム・ビーチもチームに加わる。

田舎のスタジオでアルバム「オペラ座の夜」の収録合宿が始まり次々曲が完成していった。

ある夜、フレディはメアリーに捧ぐ「LOVE OF MY LIFE」という曲を作っている最中に近くで聞いていたポールにキスをされてしまう。

フレディは君はただの仕事仲間だと言うが、彼を強く拒絶するわけでもなかった。

そしてフレディはメイン曲「ボヘミアンラプソディ」の作成に入った。

各人のコーラス、楽器パートを収録し、サビも歌い、唯一無二の名曲「ボヘミアンラプソディ」が誕生する。

しかし曲を聴いたレイは

「6分もある上にこんな意味の分からない歌詞ではラジオで使えないし、売れない!」

と憤慨した。

他の曲をメインにしようとレイは言うがメンバーは反対し、ポールやリード、ビーチも一緒にレイのもとを離れる。

知人のラジオ番組に出たフレディは未発売の「ボヘミアンラプソディ」をゲリラ放送し、批評家やメディアからは酷評されるが、翌年には「ボヘミアンラプソディ」は大人気となっていた。世界各国をツアーで回り、QUEENは時代を代表するバンドになっていく。

成功と引換えに孤独になっていくフレディ

フレディはメアリーを愛しつつもポールとも親密になっていった。

ある夜フレディはメアリーにある日のライブで観客が「LOVE OF MY LIFE」を歌ってくれた時の映像を見せその喜びを語る。

しかしメアリーは暗い表情のまま「何か隠しているでしょ」と言う。フレディは「ぼくはバイセクシャルだ」と言うが、メアリーは「あなたはゲイよ」と言った。

メアリーが指輪を外そうとしたのでフレディはそれを止め「君のすべてを愛している」と言うが、彼女は「これからはつらい道のりになる」と暗い表情を浮かべる。

1980年フレディはメアリーと離婚していたが、彼女に自宅の隣の家をプレゼントしていた。時折電話をしてもメアリーの反応は芳しくない。

フレディのライブ衣装は角刈りで上裸がタンクトップに変わっていた。他のメンバーは既に家庭を持っている。

ある晩フレディは自宅で派手なパーティを開くが、メンバーたちは早々に家に帰ってしまう。

パーティが終わり、フレディは後片付け中のウェイターのお尻をつい触ってしまった。

ウェイターはフレディと親密になるが、ジム・ハットンという名前だけ教えて去ってしまい、フレディは彼のことが忘れられなくなる。

フレディは仕事で遅刻が増えており、ある日、いつまでも収録現場に来ない彼に業を煮やしたブライアンはロジャーとジョン、彼らの奥さんも巻き込んで観客が一緒に歌える曲を作ろうと提案した。

2回足踏みして手拍子1回の動作を繰り返し曲が出来上がっていく。

フレディがやってきて「歌詞はどうする?」と聞いた。

QUEENの新曲「ウィーウィルロックユー」は大ヒットし、ライブでも定番の曲になる。

ある日のライブの打ち上げでポールはリードに「フレディのソロデビューの話が来ている」と打ち明けた。

その打ち上げにはメアリーもいたが、新しい彼氏を連れてきておりフレディはショックを受ける。

リムジンで帰宅中、リードはソロの話をフレディにするが、「バンドを解散しろというのか」と激怒したフレディはリードをその場で解雇。話を持ち掛けた当のポールは知らなかったフリをしてリードを裏切った。

フレディは「バンドは家族だ」というが、性的マイノリティゆえの彼の孤独をポールは見抜いている。

後日、専属プロデューサーを勝手にクビにしたフレディをロジャーは責めたてたが、

フレディは次のプロデューサーはビーチ、次の曲はディスコ調にするとまた勝手に決めていく。

ロジャーとフレディは口論になりブライアンは2人を仲裁するが止まらない。

しかしそのタイミングでジョンがベースでヤケに耳に残るメロディを弾き始める。

そのメロディを気に入ったフレディは、新作はそれでいこうという。

ジョン作曲の新作「地獄へ道連れ」はディスコ調のQUEENとしては目新しい曲で人気となる。

フレディはライブでサビを歌い続ける。「また一人死んだ」「また一人死んだ」。

QUEEN解散の危機、そしてエイズ発症

その頃、同性愛者たちの間で謎の死に至る病「エイズ」が流行り始めており、フレディもポールの影響でそんな危険なゲイコミュニティに入り浸っていた。

1982年、新作アルバムの記者会見でフレディは記者たちから出自や外見、性的志向に関する失礼な質問を受け、挑発的な回答を繰り返す。

そして、ある日、フレディはメンバーたちを呼び出し、ソロデビューの契約をしたと告げる

フレディはバンドを脱退するわけではなく一時的なものだと言うがロジャーは憤慨した。

「空港で働いていたのを拾ってやったのに!」

フレディは「お前らこそ俺がいなけりゃ、働いて週末にブルースでも歌うのが関の山だ」と反論し、ブライアンに「君には俺たちが必要だ。君が思っている以上に」と言われるも「俺には誰にも必要ない」と出て行ってしまった。

1984年、フレディはアルバム制作に行き詰っている。

夜はゲイ仲間とパーティをし、それ以外は作曲活動という中で彼の生活はどんどんすさんでいった。

フレディは既にエイズを発症しており、時折血を吐くこともあった。

ジム・ハットンを探すもロンドンだけで同姓同名が何人もいたため彼は途方に暮れる。

マネージャーをしていたポールにビーチから電話が入り、

アフリカの飢餓救済の今世紀最大のチャリティコンサート「ライブエイド」が1985年7月に開かれQUEENに出演オファーが来ていると告げてきた。

ポールはフレディに伝えるとそっけなく答え電話を切る。

QUEEN再結成、伝説のライブエイドへ

ある夜、メアリーがフレディの家を訪れた。「ライブエイドには出ないの?」と聞かれるもフレディはそのことをポールから聞いていない。

フレディはどちらにしろアルバム制作で忙しいと言い、もう一度一緒に暮らしてくれとメアリーに言うが、彼女は今の夫との子供を妊娠したと言う。フレディはそれに対し思わず「なんてことを・・・」と呟いてしまった。

ちょうどポールがゲイ仲間を連れて戻ってくるも、フレディはそれを無視し、帰ろうとするメアリーを追いかける。

メアリーは「私やバンドのみんなは家族よ。何が大事か考えてちょうだい」と去っていった。

フレディはポールにライブエイドのことを言わなかった理由を問いただすが、ポールは言い訳で逃れようとしたため、フレディは彼をクビにし、二度と表れないように告げる。

フレディはメンバーに謝罪したいとビーチに申し出た。

会合当日他のメンバーは遅刻してきた。

フレディは素直に謝り、「ソロは周りがイエスマンばかりで楽しくない。俺には君たちが必要だ。そして君たちもオレが必要なはずさ」と言う。

3人は話がしたいとフレディをいったん部屋から出す。

中に戻ると、ジョンが「条件がある。これから出す曲は全部QUEEN名義だ」と言った。

フレディは条件を快諾しQUEENが復活。

フレディが「出なければ一生後悔することになる。」といい、QUEENはライブエイドに出演することに決めた。

後日エイズの診療で病院を訪れた際、廊下にいた末期患者らしき男がフレディに「エ~~オ!」とライブの掛け声を投げてくる。

歩きながらフレディは「エ~オ!」と返して、病院を後にした。

ライブエイドまで残り1週間の日、フレディはメンバーたちにエイズに感染していることを告白する。

「ただ、僕を哀れんだり、気を遣ったり、何より僕を退屈させたりしないでくれ」

ロジャーが「フレディ、君は伝説だ」と言うが、彼は「ああ、”僕たち”は伝説だ」と返した。

ライブエイド当日、テレビでライブエイドの主催者ボブ・ゲルドフが「100万ドルの寄付を目指している。」とインタビューを受けている。

フレディは発声練習をして家を出た。フレディは会場に行く前についに見つけたジム・ハットンの家を訪れる。

2人は一緒にフレディの実家を訪れ、久しぶりに会った両親の前で手をつないで見せた。

フレディは両親とも和解する。会場のウェンブリー・スタジアムに着くと、フレディはメンバーとメアリーにもジムを紹介した。

そしてQUEENの20分間の出番が始まる。フレディはタンクトップ姿になるとメンバーとステージに入っていった。

大歓声の中、フレディは「ボヘミアンラプソディ」のピアノソロパートを高らかに歌いあげる。

歌い終わるとロジャー作のヒット曲「レディオガガ」を熱唱しながら所狭しと動き回る。

QUEENが登場してから寄付の電話が殺到し、ゲルドフの目標値100万ポンドが一気に達成された。

フレディ「エ~~オ!」「エ~オ!」とコール&レスポンスをして

次はブライアン作曲の「ハマー・トゥ・フォール」を歌いだす。

ブライアン、ロジャー、ジョンは全力のパフォーマンスを繰り出すフレディを多幸感に満ちた表情で見つめていた。

最後の曲は「伝説のチャンピオン」。観客も一緒に歌いだす。

オーディエンスには大勢の同性愛者がおり、「俺たちは勝者だ」と泣きながら歌っていた。

フレディの家族もTVで彼を見つめている。

20分間の出番はあっという間に終わった。QUEENのライブは他を圧倒する熱気だった。

最後にOUEENは全員ステージ前方に来て、観客に感謝の意を込めて手を振る。

フレディは観客に「お別れだ!愛してる!」と叫び、メンバー3人の方を振り返り彼らを見つめながらはけていった。

『ボヘミアンラプソディ』の感想とまとめ

本作はを見るとまずフレディ・マーキュリーがいかにドラマチックな人生を送っていて、それが楽曲に反映されているかわかります。

そしてこの映画ではストーリーと楽曲をしっかり結びつけて語る手法が取られています。SNSでは本作が史実と違う点が多々あることを指摘する意見が多いですが、それはそこを曲げてでも伝えたいメッセージがあるからこそ。ただの事実をなぞった映画にしないという気概がある映画の証拠です。

それは主演のラミ・マレックが単に見た目だけでいうとそこまでフレディ本人に似ていないという点にも現れています。体格や顔つきもフレディより華奢に見えます。

しかし「あんま似てないな・・・」と思っていても、彼の喋り方や動きのクセの完コピぶり、情熱が迸るようなパフォーマンスの再現を見ているうちに「ああ、そこにフレディがいる」と思えてきてしまうのです。

それと同じように史実と違っていてもフレディやQUEENの魂はしっかり入っている作品です。

史実との違いで言うと例えば実際にフレディがエイズを発症したことが分かるのは1987年、体調が悪化し出すのが1989年なので1985年のライブエイドの段階ではまだあんなに弱ってはいなかったはずですが、それでもフレディが最後まで曲を作り続けたことは確かですし、ライブに命をかけた男ということをより強く表現するためにこのような改変をしたと考えられます。

そしてライブエイドで流れる曲も実際の6曲から4曲に減っていますが、ここでの4曲が死期が近づくフレディの心情を表しているかのようなラインナップになっているのも注目です。「ボヘミアンラプソディ」では「僕は死にたくない」「でも行かなくてはならない」と歌っていますし、「レディオガガ」も「みんなお前のことを忘れているがまだやれるさ」とラジオのことを言いながらQUEENというバンドを鼓舞しているようにも聞こえます。「ハマートゥフォール」では「ハンマーが振り下ろされる時がくる」と自分の死が近いことを直接的に言っています。

そして最後の「伝説のチャンピオン」では「代償は払った。いろんな屈辱も受けた」と今までの人生を振り返り「それでも俺たちは勝者だ」と歌い上げるのです。”俺たち”とはQUEENのことでもあり、観客、とりわけ同じ同性愛者などのマイノリティのことを言っています。

単にライブの再現度が高いだけでなくこのようなメッセージが伝わってくるように映画を作って最後にぶつけてきているからこそ、「感動のラスト21分」と言われているのでしょう。

もう一つ素晴らしい曲の使い方がされています。冒頭、フレディがライブエイドに向かうところで流れる「愛にすべてを」です。「俺に愛すべき誰かを見つけてくれ」という歌詞が流れながら一人ぼっちでステージに向かっていくフレディ。同じシーンが終盤でも流れるのですがここでは他のメンバーが同じ画角に映っています。

ボヘミアン(寄る辺のない人)が長い旅路の果てに見つけた「愛すべき誰か」がわかる映画的演出で非常に感動します。

一番最後でフレディがメンバーを振り返って終わるのも彼が大切に思っているものがはっきり伝わってきますね。

事実かどうかの整合性よりも人々の魂を揺さぶる物語を作ることを選んだ本作は今年随一の人間ドラマ映画になっています。

最後にQUEENのメンバーで本作の総監修も努めたブライアン・メイの言葉を紹介します。

これは伝記映画ではなく、硬い岩から掘り出されたような、純粋なアートだ。

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